海で溺れたよ

この海!深い!溺れる!ボボボーボ・ボーボボ

何時もの診察の様子

「やっぱり精神科って入り口が頑丈だったりするの?」とよく聞かれます

 

そうでもねえ!!!!!!私は天下の大学病院様様の精神科にかかっているのですが、待合室が中にありそこが他の科と違うところかなと思います。精神科だからって精神を病んでる人だけが来るわけではありません、更年期、ADHD、アル中、さまざまな人がいます。その中でも圧倒的に多いのは気分障害の方だと思われます(もしかしたら統合失調症といい勝負かも)知名度と発症率は比例するように思います。精神科だから「興奮してる人」「泣いてる人」がそこらじゅうにいるわけではありません。私も驚いたのは一見普通の人が多いことに私も驚きました、ですがはたから見れば私もその1人なのです。

 

そして私が受けている治療は薬物療法です、週に2回の受診 診察室に入ってすぐの先生の言葉は「この○日間どうでしたか?」抑鬱で受診することが多いのですが自分にも他人にも興味や関心がなくなっている時期なので「いや別にどうもしてません、、」と思いますがなんとか診察時までにあったこと、どんな細かいことでも報告して そのことに対してどう思ったのかどう感じたのかについて答えます「分析が得意で言葉でまとめるのが得意なだけ沢山の言葉が出てきますね、でもそこにあなたの感情が入ってるとは思えない のでそこが問題ですね」と言われます。その通りです、私は言葉にまとめ相手が理解できるように伝えるのは得意なのに何故かそこに感情を入れることが苦手です、その裏には「感情を持ち込んだらいけない」「人前で泣くことは悪いことだ」と思い込んでいるからです。そう思い込むしかなかった養育環境にありました。でも、それでもたまに張り詰めた糸が切れるように泣き散らかすこともあります、感情は言葉にして吐き出さないと勝手に出口を見つけて出てきてしまう。そして薬について、これから先の治療ではどういうところを踏まえて気をつけてしていくかについて話し合って 薬を出されて終わりです。

 

 

そして先日の診察で新しいことがありました、ADHDの可能性がある」です。ふざけんじゃねえよ!!と思わず言いかけてしまいました。そう言われた理由ですが、私には昔から衝動性がありそれに加えて注意力の散漫、集中力の持続が極端に短い、小さいミスの連続などがありました。それで小学生の頃同じ大学病院の思春期科にかかっていたこと、個人病院でIQの検査をしたこと、全て洗いざらい伝えました。それらの症状がADHDなのか、それとも躁鬱の症状なのかを検査するとおっしゃられてました。ADHDなら薬を使って抑えなきゃいけないし 症状なら心理療法も交えて診ていかなくてはならないのです。ADHDとは思いたくないし、症状だとも思いたくないけれど「そういう作り」というのはもっと嫌だ。でも私は思うんです、先生には「自分の感情を受け入れてもらった、自分を受け入れてもらったという体験を重ねて治していきましょう」と言われるけど、17年間感じ続けてきた「自分は生まれるべき人間ではなかった」「自分は生きてちゃいけない」という気持ちと孤独を覆すことは難しすぎる。たかだか2.3回の体験でどうにかなるものでもない。と思うんです。

 

またこんな支離滅裂でぐちゃぐちゃな文章を綴ってしまった。「死んだ方がいいのかな」と17年間思い続けてきて 今も思ってる、きっともう治らない。だって中学の時はいつか治ると思ったし 高校に入ったときも環境が変われば救われるかもしれないって思ってた、それなのに救われなかった、嗚呼。

 

 

次のブログの更新はいつになるか分からないけど閉鎖病棟に入院したら閉鎖病棟についても書いてみようかなと思います。