海で溺れたよ

この海!深い!溺れる!ボボボーボ・ボーボボ

希死念慮と共に

私がこんな時間にこんなものを書き綴っているのは、そう、結局一睡もできなかったからである。

ただ今、不安からの冷や汗 膝が竦む、手の震え 吐き気 謎の焦燥感からもう少しで脱出できそうなところです。そんでもってお前何回目だよって感じなんですけどまたodして先日運ばれました。

寂しかったのか話し相手がほしかったのかハイになって遊びたかったのか友人に電話をかけ、ゲロ吐きながら喋ってました。これから私のことはゲロイン(ヒロイン)と呼んでください。うそです。

 

 

やっぱり、どう足掻いても、毎日が息苦しいです。離人感も、希死念慮も、自責の念も私から離れてくれません。試してきました、どうやったら生きやすくなるのか 好きなアニメを仕事ギリギリまで見ていたり休みの日にはひたすら家にひきこもって好きなことを好きなだけしました、それでも私の生き辛さは何も変わりませんでした。美味しいものを食べても、大好きだったアニメや映画を見ても、ずっとずっと苦しいです。感情や思考の起伏の激しさに、自分でもうんざりしてしまう毎日です。泣けば少しでも楽になれるか、と考えて音楽聴きながらぼーっとしても何も出てきません。大好きだった音楽も、薄っぺらい言葉に偽りの音符にしか聞こえません、悲しい。

何がダメなのでしょう、仕事を始めて上司からもそれなりに信頼され必要とされている 同僚も私がミスをすればフォロー入れてくれるし優しくアドバイスもくれる。日々勉強。日々刺激はあるはずなのに、何かがダメ。恐らく自己の問題でしょうね。上司は私がodや自殺未遂をしても私を見捨てることなく店に置いててくれます「またあんたがodしたら私もするからな!それで死んだらあんたのせいだから!」と鞭なのか飴なのか分からないものでおしりを叩いて私に喝を入れて、やる気を出させてくれます。それなのに、という感情が溢れて止まりません。頑張ったら頑張った分だけ褒めてもらえ、結果にも繋がる そういった経験が全くなかった私からすると今の環境はとても新鮮で、何よりも嬉しいです。なのに何がダメなのか、不満なのか、自分の中にあるはずなのに自分では分からないのです。

お酒や薬でそんな気持ちを誤魔化す毎日です、何も変わってない 逃げて向き合うことも分かり合うことも放棄して一方的に依存する、何も変われてない、変われなかった。odして目が覚めた時、心の底から後悔と罪悪感が押し上げて来て 私はぽつりぽつり と涙を零しました。

無論仕事をしていても一泊三万などという高級ホテル(病院)の料金などすぐすぐ払えるわけでもなく母に立て替えてもらい、余計に息苦しくなる、一瞬の快楽の代償は計り知れません。でも、後先を考える余裕なんてありませんでした、私には、残ってなかったのです。母に「一晩三万だよ?飲むなとは言わないけど救急車呼ばれるほどはやめて」と言われ酷く悲しくなりました、同情や心配をされたいわけじゃない。ただただ、自分一人の生き辛さから逃げるためだけにどれだけの周りの大人たちに迷惑をかけてしまったのか それが如何に自分勝手だったのか、自覚しているのに突きつけられている感覚が。更に追い込まれてしまう感覚になってしまいました、前みたいに取り乱して「じゃあ私が潔く死ねばいいんでしょ」等と怒鳴ることもありませんでした。と言うよりそんな気力もありません、自分の中でフツフツと湧く母の言葉に対する怒りと罪悪感を噛み締めながら「わかった、ごめんね」精一杯絞り出した言葉がこれでした。

悲劇のヒロインでも、被害者面でもないです。母は当然のことを言ったまでです。自分の不甲斐なさからくる感情の八つ当たりでしょうね。

 

夜中に発狂して母を起こしてしまう、ラリって手首血まみれでハイになり母を起こしに行く、odでぶっ倒れて救急車で運ばれる、男と喧嘩して飛び降りる、たくさん迷惑かけました。ダメなんです、私のせいで母の人生の歯車がこれ以上狂ってしまうのは。母の幸せや、楽を願えば願うほど息苦しくなり背負うものがひとつひとつ増えていき 願いとは反した行動を取ってしまう。こんな自分が世界で1番大嫌いです、ごめんなさい。言葉なんてもう意味ないのにね、愛してくれてありがとう、でもね、手遅れだったや。愛してます。

 

2020

あけましておめでとうございます、12月30日に無事19歳になることができました。今年にはついにハタチになってしまいます、怖いな。2019年、色々と濃かったです(年が明けてすぐだからそう感じるだけかもしれないけど)。デリヘル、飲み屋、入院、あれ?大してだな?!(ここで手首を切る)昨年は良いご縁に恵まれました。私みたいな人間がこんなにも大切にされていいのかとまた深く考えさせられる年にもなりましたね。2020、特に抱負的なのはありません。まあ、なんというか、今年中に10キロ落としてキープ出来ればな・・・程度に考えています。なんかこう、難しく物事を考えてしまうクセを今なんとか直している最中です。難しく考えて今までまともな答えが出て解決したことなんて1度もないから適当に生きてみっか〜!みたいな感覚です。多分三日坊主、来週辺りには深く考えすぎて手首まで深くザクザクいってます!おもんな!

 

あ、そういえばクリスマスとかなんかその辺で手首切って縫われたヨ😅🤞🏻「ちょっちゅね」

病院に行くお金もなければ、行く体力もなくてブッチして行きにくいので抜糸は自分でしやす!そんなギリギリを生きている私からの報告を聞いてください。

 

元旦に1部の親戚と集まったんですわ、母が「元旦くらい」っていうからおばあちゃんも呼んだんですよ。眠いし 過去の記事にも書いたことがあって機嫌も悪いし あまり顔も見たくなかったので私は終始冷たくあしらう。その私を見たおばあちゃんが「もう帰る!あたし!なんでそんなツンツンものを言われないけんかわからん!」と拗ね始めて私はちんぷんかんぷん。あー思い出してまた情緒どっかいった。

頭を抱えかけました、あんなことを言っておいて 散々私を傷つけておいて、それでも尚自分がなぜそんなに私に今煙たがられてるのか分からないというその浅はかな思考が私には分からない。よく「傷つけた側は覚えてない」と耳にするけど、ここまでひどい人だとは思いませんでした。暴言を吐かれ、罵られ、それでも普通に接せられるほど私は器用でもないし大人にもまだなれません。

それだけならまだいいんです、おばあちゃんは他の親戚からも煙たがられていて その中でも私はずっとずっとおばあちゃんが大好きでした。初めて稼いだお金で1番最初にご飯に連れていくくらい。ですが、あんなことがあってはまた話は別です。昔の私なら嫌なこと言われても傷つく言葉を言われても健気に尽くして好かれようとしたかもしれない、ただ、疲れました。どれだけ私が愛したって伝わらないし、なんなら愛を返却され更に追い詰められるんですから。

 

しかしこんなごときじゃ私ももう喚きません。私が今最大で悩んでいることは おばあちゃんに冷たくする度に、おばあちゃんに憎まれ口を叩かれる度に、おばあちゃんを支えようと思う度に、罪悪感と疎ましさと自己嫌悪がシェアハウスするのです。おかげでメンタルはしっちゃかめっちゃか❗️🤯

 

もっと生きやすくなる術を握りたいな。

急性薬物中毒で入院した話

一睡も出来なかった日の昼間に私はドラッグストアでレスタミン120t入ってるやつとカミソリを購入しました。

 

いつもレスタミンODしても意識がなくなったり、倒れたりなんてことはないので どこにも出る予定もないし仕事も休みだしと思い120tがぶ飲み。

 

12時半頃に叔母から電話が鳴りランチに誘われ、まあ大丈夫だろうと思い行きました。ご飯を食べ終わった辺りから冷や汗、手の震え、呂律が回らないなどの症状が出始め「心配だから家まで送るよ」と言われお店を出てすぐ私は膝から崩れ落ちるように倒れたらしいです。(記憶はない)

気付いたら救急車の中で救急隊員の方に「お名前言えるかな?」「どれくらい薬飲んだかな?」「かかりつけの病院はわかる?」等と聞かれていましたが頭が上手く回らず「名前はねえ、分かんない!ねむたいよお!」と回らない舌で答えていたみたいです。叔母が泣きながら母にも電話をかけ 私は担架の上で寝転びながら叔母がずっと泣きながら私の手を握ってました。母が到着し私の名前とかかりつけは医大の精神科と答えて 運ばれました。

 

そしてまた気がついたら処置室、真っ白の天井とベッドの上で私はひたすら「どこ?」と混乱していたらしいです。間もなくして主治医が来ました「なんの薬飲んじゃった?」「僕が誰かわかる?」「ここがどこかわかる?」等と聞かれましたが、私は薬が回っており理解能力も乏しくなりずっと首を傾げてひたすら私は自分の下の名前を言っていたみたいです。処置があるからということと、今の状態の私じゃ話も出来ないということで主治医は出ていきました。

 

鼻から管入れて活性炭と下剤入れるのと、活性炭と下剤飲んで点滴するか 選んでいいよと言われ、私は前に1度鼻から管入れて胃洗浄の経験もあるので勿論「飲む!」と即答。ですが思いの外不味いのです、活性炭が。養命酒みたいな感じの味だった気がする…多分…

 

1口飲んで「やだ飲めない」といったら看護師さんに「でもこれ飲まないと鼻から管入れなきゃいけないの、苦しいよ?」と言われて頑張って一気飲み。

そのまま点滴の針を刺され「いってえなあ!」と男性の看護師さんに怒鳴ってました…ごめんなさい…

 

点滴を繋げて、ベッドでHCUまで移動。心電図、指にサチュレーションを測るもの、点滴の電源、とりあえず1本点滴が終わるまでは尿道カテーテル。痙攣して倒れたので4時間置きに瞳孔の確認、サチュレーション、血圧、体温、心電図の確認。

 

そこからが母曰く地獄だったみたいです。私に襲いかかる幻聴、幻覚、勿論HCUではスマホなどは構えません。なのにも関わらず私は何も持ってないのに携帯を構う素振りをしていて 母が心配して私の手を握った瞬間「やめてよ!今ゲームしてるんだから!(でも何も持ってない)」等、タバコを吸う素振りをしながら突然ハッ!となり手を見たらタバコがない!「ねえお母さんタバコは?!取ったでしょ!さっきまで吸ってたのに!」等、看護師さんにも酷かったみたいです。私の昔の友達に似た看護師さんを見つけてその看護師さんがたまたま私の担当で、私はずっと「ももちゃん〜!米福で一緒に働いてた私だよ!久しぶり〜こんなとこにいたんだね!」等と傍から見たらわけのわからんことを永遠と言って、次に襲ってきたのが幻聴 私の担当だった男性看護師さんが隣のベッドか部屋でコソコソ話してる声が聞こえて「次のターゲット誰にする?」「てめえはうるせえんだよ!」と人を殴る音、女性の悲鳴、私はビクビクしてました。

母が「とりあえず寝なさい」と言うので1本目の点滴が終わったので尿道カテーテルを外してもらい点滴は2本目に突入、睡眠薬を貰い飲んだところでまたまた幻覚。なんとあの男性看護師さんと私が人違いしてた看護師さんがグルになってて 3本のジュースに睡眠薬を混ぜてる幻覚が見え 私は母に、「あのジュース渡されても飲んじゃダメだよ?」と小声で伝えましたが、母は「どこにジュースがあるんだろう…」と思っていたらしいです。

 

無事眠り朝起きたら少し眠気は引きずってたけど無事意識も元に戻り幻聴幻覚も収まっていました。看護師さん達に「よかったあ…昨日本当に(本名)ちゃん凄かったよ?あ、意識も戻ったから精神科にまたコンサルするね」と言われ、出されたご飯も副作用の吐き気で食べられなかったので栄養剤を点滴で入れてもらいました。

 

 

退院手続きを済ませた後に精神科に行きましたけど、やっぱり思ったことは言えませんでした。先生曰く昨日の私は「薬をいっぱい飲んだことによって幼児退行していた可能性がある、幼い頃に幼さを経験出来なかったのが故に 男性看護師さんが殴って女の人の悲鳴が聞こえたのは幼い頃に母が殴られてるところを投影していたんだと思う」と言われました。それから「大丈夫って思っても薬は欠かず飲んでね、ODはまあするだろうけどダメだからね?」と。

 

私は未だに受け入れられないんです、主治医が転勤してしまう現実を。だからこの間の診察の時も八つ当たりしました。「諦めるなってみんな簡単に言うけどどうにもならないことばっかりじゃん、じゃあ私が転勤しないで 私が良くなって元気になって感情も大人になれるまでの過程を見届けてよって言っても無駄でしょ?優しい言葉に私何回騙されて何回傷付いてきたかな、誰も知らない私がこんなに悩んでるのも 痛みの数だけ強くなれるとか言うならあと何回私は苦しんで泣けばいいの?」とブチ切れました。先生は難しそうな顔をしていて、「ああ…また先生のこと困らせちゃった」と思ったら涙が溢れてきて 泣きながら処方箋と予約票を奪って帰りました。

 

その現実から逃げようとした結果がこれです。沢山の人に迷惑をかけ、心配をかけた。でも、凄く心配された時嬉しかった。愛されてる、って。自分を傷つけて相手を試す。こんなこと繰り返したって誰も得しないのに。生産性のない私なんて殺してしまえばいいのですよ。

 

今も母に隠して置いてあるカミソリを想いながら切るか切らないか悩んでる。何時までも死にたいなあ。楽になりたいなあ。

きっと毎日が夏休み だといいなあ。

午前9:00、今日も私は眠れないでいる。

昨日の20:00から仕事で終わったのが0:00、退勤後は友達とずっと長電話「ちゃお」とか「サン宝石」とか、小学生女児が1度は大体通る道の話に華が咲いた。すっごく楽しかったし、仕事以外であんなに笑ったのは久々すぎました。仕事上お酒を飲むのである程度は眠くなるかなと考え、最近は精神も安定していたので眠剤 抗不安薬 安定剤などを飲まずに生活してました。それはもう、健常者になれた気分でとっても幸せでした。でもきっとそれも夢でした。安定剤を飲まなくなってから1週間で精神状態はガタガタ、紛らわすためと眠るために仕事で浴びるほど酒を飲む。少し反省し眠剤は飲むようにしました、どれだけ酒を飲んでも眠れない又は中途覚醒に起こされるので。退勤後帰ってから酔っ払って暴飲(烏龍茶を)そしてその勢いで眠剤もゴクンと。だがしかし、眠れない。お酒は薬の力を弱める時もあれば強める時もあると聞いたことがあります。恐らくそれなのではないのでしょうか。

 

メンタル面でのお話、今の私はデリヘルから飲み屋で働いています。お客さんにお酒を注いで、お喋りして、たまには一緒に歌うたって、苦じゃありません。こんな精神ガイジな挙句体もあまり自由の効かない私を拾ってくれたママはいつも褒めてくれるし、仕事も優しく教えてくれる、一緒に働いてる方々もみんな優しいです。でも稀にリスカ痕がお客さんに見えた時、「子を大事に思わない親はいないよ」等と言われたり、あるいは説教を垂れてきたり。その度に私の心は何とも言えない感情を抱いてしまいます。私の育った環境、私がしてきたこと、私がされてきたこと、何も知らないのに何故そんなにもハッキリと言えてしまうのか。不思議で、心の中がなんだかモヤがかかるような、周りの大人達にかけられた呪縛が更にキツく締まるような、そんな気持ちになってしまいます。

 

私のしたことは間違いだったのでしょうか、手首を切ったのも、悲しくて寂しくて苦しくてわんわん泣き叫んだあの日も、息苦しくて薬に逃げてしまったことも、私は私を救って、楽にしてあげる方法がこれらしかなかっただけなのに。

 

ついこの間まで「リスカもしてない!」「薬もいっぱい飲んでない!」と言ってしばらく経つとまた手首切って薬いっぱい飲んでしまうことが多々あります。その度に悲しくも悔しくも怒りも湧いてきます「進歩した」と言ってくれた先生の期待を踏みにじり、嬉しそうに頷いてくれた友達の気持ちも踏みにじり。ごめんなさい、ごめんなさい。それでも治療は恐らくゆっくりながらも進んでいます、どうか、見捨てないで。私から離れないで。

 

あっ、、希死念慮はどうぞ私から離れてください。あとこの間自殺企図だか未遂で警察沙汰になったオ

こりゃしばらく一人暮らしも無理だナ、あ〜さっさと金貯めて首吊るか飛び降りてえなあ!

 

 

また中身の空っぽな言葉を紡いでしまった、まあ近況報告ってやつさ。

 

 

またね。

主治医「18歳で眠剤4種類はちょっと…多いかな」

相も変わらず眠れないのでこのブログを書き殴ります。

 

私の不眠は恐らく中二半ば頃からだと思う、その当時は寝すぎたり寝なかったりという極端な睡眠生活を送っていました。学校には行ってなかったので生活リズムも常に夏休みというのも大きかったのかもしれません。当時通っていた精神科で「眠れません」と言っても とても弱い眠剤を出されて診察終了、次の診察の時も「眠れません」眠剤は変わらず診察終了…今思い出すとめちゃくちゃ腹が立ちます、お前医者じゃねえのかよと。そこから睡眠障害とボーダーと躁鬱は加速をつけどんどんと進んでいきます。

ついに18になった今、3年ほどは経ちました、良くなったかと聞かれたら全力で首を横に振るくらいです。去年は飛び降りたし、ODして入院食らったし、リスカして夜中に病院に駆け込んだし、今も飛び降りたいとふと思う時があるしずっと死ぬことばかり考えている。寝すぎることはなくなったけど今度は全く眠れないという酷い問題が登場。2日、3日ずっと起きて体の限界が来た時に4時間ほどやっと眠れる。4時間寝ても何度か目が覚めたりするくらい眠は浅い。寝不足のおかげでメンタルもズタボロ、毎晩毎晩寝かせてくれと願い眠剤を飲み 気付いたら朝の8時でママと鉢合わせる。ということがもう日常的にあります。眠れてないのでもちろん脳も体も疲れを感じやすくなり 洗い物を一旦終わらせるだけで「洗い物溜めんなよ」とイライラ、誰も起きてない時間も起きててしまうから友達からの返信がないことに悲しむ、一人ぼっちだと感じることも3年前より増えてしまった。何も成長出来なかったこと、悪化してしまったこと、全てにおいてとても自分に失望してイライラしています。

 

何度か先生に相談して、現在眠剤を4種類と副作用で眠くなる薬を何錠かもらってなんとか過していますが1週間のうちまともに眠れる日が1日くらいしかありません。その1日眠れたとしても次に襲ってくるものが中途覚醒です、眠りが浅く 何度か目が覚めては 1時間くらい眠れずというのを繰り返しています、正直全く眠れないよりこっちの方が私は嫌いです。まあ睡眠に嫌いも好きもないんですけど。前はクエチアピンというお薬を寝る前に飲んで副作用で寝ていたんですが医者から血糖値が高いと言われてからクエチアピンは断薬。むずむず脚症候群に悩まされることは減ったけど眠れないのは変わらないのでしんどいです、まだクエチアピンを飲んでる時の方が寝れてたような。ただもう血糖値が高い時点でクエチアピンは出してもらえないのは目に見えています。ですが私の主治医、正直抜けてるんですよ。

例えば「クエチアピンやめても眠れなかったらのために睡眠薬考えておいてください」主治医「はい、それはきちんと。」次の週「やっぱり眠れません」主治医「一応もう一週間様子見ましょう」私は頭にハテナが大量生産されて思わず何も聞けず終わってしまいました。主治医の口癖は「様子見ましょう」「薬減らそう」です、何がしたいんだろう一体。

 

様子見したじゃん?!2週間入院した(手術がありまして)じゃん?!そんでもって退院してからの様子見ももう2週間もしてんだよ?!馬鹿なの?!…ゴホン…おっと取り乱してしまったすみません。

 

というのが私の本音です、私の睡眠障害自傷行為に精神的な心の問題が大きいとしてどれだけ様子見をしたら気が済むのだと。様子見するならそれなりのアドバイスも欲しかったし、何かしらの補助は欲しいのです私は。心の問題なんてことは自分でも分かりきってます、特に自傷行為や不安からくる暴力癖にも睡眠障害にも。でも睡眠障害に関しては心の問題が大きいなら尚更治るのに時間もかかるし治るかも分からないしそれなら良くなるまでの補助として何かしらの依存性の低い薬を飲んでゆっくりクエチアピンのように量を減らすじゃダメなのか、そう言っても先生はきっと困ったような顔して「んーーー」と言うだけ、想像は安易に出来ます。私の考えが浅はかなんでしょうか、ただ当事者からすると眠れないことが何よりも辛いのです。どんな手を使ってでも眠りたい、眠れるようになりたい、今日こそ今日こそ毎日それの繰り返し そんでもってまともに眠れるのは一日だけ、ふざけんなと思ってしまいます。あーこの怒りも多分心に余裕がないんだろうなあ。

 

何か良い対策法や、こんな薬を試してみるのは?や、寝る前にこういうことすると眠れるよ!というご意見がありましたらコメントや、繋がってる方達ならSNSで教えて下さるとありがたいです。ちなみに、ベンゾジアゼピンはあまり出したくないと主治医には言われ今飲んでいる眠剤が↓↓↓

 

「ロゼレム」「ルネスタ」「ベルソムラ」「ベンザリン」「アーテン

 

ちなみに住みが田舎のため今通っている大学病院の精神科が最後の砦なので病院も変えられないし、他の先生で合わなかったらという心配もあるので正直主治医もあまり変えたくありません。ちなみに主治医は28歳でイケメン、スポーツマン、映画小説好き、独身と食べたくなるような方です(アッこれはあんまり関係なかったテヘペロ。)

 

はァーーードッコイ!今日も眠れねえ!😇

死んでも誰かの心の中に残るというのはとても皮肉だ

先日リストカットをしました、とはいえ深く切れるようなカミソリなどは母に全て没収されているのでカッターで腕を切り刻んでいました。でも、ちっともスッキリしなかったのです。いつも手首を切るとなんとも言い難い快楽を私は手に入れるのです。悩んでいたことも苦しんでいたことも一時的に忘れてスッキリすることが出来るのです。答えはすぐわかりました、深く切れないからなんです。浅い傷を沢山切ったってちっともスッキリしない。深くないと、脂肪が見えないと、薄い膜の向こうに血管と思えるものがないと、私はスッキリできないんです。なのでここで言葉を紡ぎます。

大好きな人からの皮肉や嫌味や暴言というのは心に深い傷を負わせてしまいます、そして相手に悪気がないなら尚更。興味のない、さして好きではない人からの皮肉や嫌味や暴言に対しては深い傷を、というよりかは怒りに近いものが湧いてきます。前回の精神科でおばあちゃんが付き添いしてくれてました、診察室には入ってくることはありませんが。

私は誰よりもおばあちゃんが大好きでした、誕生日会を開いたり 年越しは家に招いたり 初めて働いた私のお金でご飯に連れて行ったり。私の人生においておばあちゃんとは大切な人でした。そんなおばあちゃんの悪気のない暴言が私の心に大きな傷を負わせてしまいました。「なんで精神病になるかなあ異常だから?」「お母さんもあんたが精神病なの恥ずかしいと思ってるんじゃない?」「甘えだよー」不意に思ってしまいました。「お前に何が分かるんだよ」と、負け犬の遠吠えかもしれません、何がわかるんだよと突き放すことでこれ以上傷つくことを避けたのかもしれません。でも、何よりも悲しかった 悲しくて悔しくて辛くて言葉も出ませんでした。でも、そんなことをはっきりおばあちゃんに言えるほど強いメンタルを持ってるわけでもないので 家に帰ったあと部屋に篭もりずっと泣いていました。分からなくていい、おばあちゃんも 私の病気のことなんてわからなくていい でも受け入れてくれてると思ってた、思いたかった。その考え自体が浅はかで自己中心的だったのかもしれません、全ての非は私にあるのかもしれません、とどんどん自分を追い込んでしまいました。前回のブログで書いた「抑うつ」にはおばあちゃんからの言葉が原因だったのではないのかと思います。

異常だ、おかしい、甘えだ、なんて言葉は耳にタコができそうなくらい色々な方々に言われることがありますが大好きだった人に言われるのではまた訳が違います。そして何より母が私を恥ずかしいと思ってるという言葉が私にトドメを刺しました、母は基本的に無頓着で無関心で人の目線顔色などを伺うタイプじゃなく 自由気ままな方です そして母の友人も同じようなタイプの人間が多く 母が恥ずかしいとは思ってないというのは私自身がよくわかっているはずなのに、トドメの一言でした。それは私が母のことが大好きだからなのだと思います。何かする時も、何かしようとする時もいつも私は母を優先しています。母の自慢の娘でありたいと昔からずっと思っています。そう思う心をおばあちゃんに踏みにじられとても苦しかった。まるで「お前がどう足掻いても母の自慢の娘になんてなれないんだよ」と言われてるような感覚でした。もう私はおばあちゃんを愛することはできません、ごめんね、私が精神病にならなかったら普通の孫と祖母でいれたかもしれないね。ごめんなさい。

 

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そんなことでただでさえズタボロの手首がまたさらに汚くなりましたよ、と。愛とはなんなんでしょうか、裏切られても暴言を吐かれても貫くことが愛なのでしょうか。例えプライドを相手にズタズタにされても貫くことが愛なのであれば私は一生触れることはないと思います。

レスタミンODを繰り返す

昨日、いとこの誕生日会で親戚達と集まってました。一昨日頃から圧倒的(?)抑うつに悩まされて、でも行かないというわけにもいかず悩み悩んだ結果「レスタミンを持っていこう」となりました。メンヘラの皆さんの大半はブロン派でしょうが、私は少数派のレスタミン派です。初めてブロンでODしたのが中二の頃でした、ですが追加しても何錠飲んでも何か起こるわけでもなくただただ体が重くなるということだけでした、レスタミンは虫の幻覚が有名で怖くてなかなか手が出せませんでしたがこの際ラリってしまえば虫が見えたってどうでもいいとなりそこからレスタミン漬けです。ですが私はレスタミンを何百錠飲んでも幻覚を見ることはありませんでした。

と舐めてかかってレスタミンを昨日飲んだら痛い目通り越して地獄を見ました。

女性陣がご飯の支度をして 子供たちが外で遊び回ってる隙にバッグから烏龍茶とレスタミンを取り出しトイレに行き80錠、全部流し込みました。1時間ほどでテンションが上がり何してても楽しく明るくなれると思いましたが期待を裏切られました、初めてレスタミンに裏切られました。

明るくなるどころか目の焦点が合わないのです、手も震え コバエよりも小さめの虫が1点に飛んでいる幻覚 物音に敏感になる 皮膚の感覚が可笑しくなり虫が体を這ってるような感覚 意識をしないと口が開いてしまう 思考が停止してしまう 上手く言葉が喋れない 体が重く立ち上がれない 重さに慣れ立ち上がるとフラフラして壁にくっつかないとまともに歩けないほどになりました、そして何より眠い!!!眠すぎる!!!何とかご飯は食べれましたが母と叔母が私をずっと見ていました、恐らく「こいつまたラリってやがったのか?」と思っていたんだと思います。大正解!!!!なんて言ってる場合か!!バカ!!!!

何とかバレないようにバレないようにと思いますが思考が上手く回らない挙句呂律も回らなくなり自分でも何を喋ってるのか分からなくなりました、必殺!壁に寄りかかって眠いフリ(いや眠いんだけど)に至り叔母と母とは目を合わせないようにしました。ですが気を抜くと本当に寝てしまう、カラコンも付けてる!眠れない!カラコンケースもこんな時に限って忘れる!なのでテレビに集中するようにしました、家政夫のミタゾノの録画に目を向けながら何とか眠らないように舌を噛んでいたらテレビ台の下に小さな虫が飛んでいるのです、気持ち悪!!と最初はビックリしましたが瞬時にわかりましたこれは幻覚だ。だんだん体がふわふわしてきて心地よくなり眠りそうになった時「ねえ!!!!」と大きめの声で呼ばれ レスタミンで物音などにも敏感になった聴覚のせいでビクッ!と体を動かして振り向いたら母がいました、やべえバレてる と思ったら母から「すきっ腹でお酒飲んだから具合悪いんでしょ?帰る?」拍子抜けしました、母の顔を見る限り嘘をついてるようには見えないし多分本当にお酒だと思ってたんだと思います。

ですが私達が帰るというのは集まった子供達とその母親たちも帰らすということになります、そんなのはダメです、子供達が遊び回って楽しそうにしてるのに私がラリったせいで(母は酒だと思ってる)帰らせてしまうのはダメだ!と思い「水飲むから平気だよ」となんとか回らない舌を回し答え それからしばらくぼけーっとしながら寝そうになったら舌を噛む 子供たちも私を心配そうに見てました「安心して!!ラリってるだけ!薬の効果切れたら元に戻るから!」と心の中で唱え 人狼ゲームに誘われましたが思考も回ってないのに参加出来るわけもなく見るだけでした。

薬の効果が切れ始め眠気もさほど強くなくなり思考もある程度なら働けるようになり人狼ゲームに参加するのですがもうミス連発、私とペアで人狼組んだ人…ごめんなさい…

 

今回こう地獄を見たわけですが、懲りてません。既にレスタミンを飲みたい自分がいます 体が重く立ち上がれずフラフラしてしまう眠くなる思考が止まる 一見マイナスなことかもしれませんが私にとってはそれが気持ちよかったです、なのでこれから先もブロンよりレスタミンだと思います。でもこれからは出先ではあまり飲まないようにします…もしくはカラコンケースを忘れず持っていきます…

 

叔母と母が喋ってたことは「救急車を呼ぶか否か」だったらしいです。恐らく中毒を疑ったのだと思います。そして未だに母は真実を知りません。

 

OD、それは君が見た光 僕が見た希望。OD、それはふれあいの心、幸せの青い雲「それ青雲だろ?!」